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mina

堂珍敦子

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堂珍敦子

ケミストリーの堂珍嘉邦(35)と妻でモデルの堂珍敦子(35)に離婚騒動が持ち上がった。23日の日刊スポーツが報じたもので、2人は今年1月末から別居。敦子は今年2月末に第5子を出産しているが、その直前の昨年12月に敦子の方から離婚を切り出したという。
 04年に結婚した2人は5人の子だくさん。最近、敦子の希望で神奈川県鎌倉市に引っ越し、堂珍は音楽制作のために借りている都内のマンションで暮らしているという。
 現在のところ双方とも別居は認めているが、離婚は否定している。真相はどうなっているのか。
「敦子サイドは報道にカンカン。堂珍サイドも否定していますが、興味深いのは堂珍サイドがマスコミ向けに発したコメント。“月に2、3日は自宅に戻っているから別居ではない”と言っていますが、ちょっと苦しい言い訳です」(芸能リポーター)
■売れないタレントからカリスマ主婦へ
 敦子は原田梓帆の芸名で99年に「JJ」専属モデル、2000年にはキリンビールのキャンギャルに。その後、森田あつ子に改名し、堂珍と3年の交際を経て04年に“できちゃった婚”。その後はミセス向け雑誌の専属モデルとして活躍。料理の腕前はプロ級で、趣味はお菓子作り。今や主婦のカリスマと呼ばれる存在になっている。
 ところが、敦子が専属モデルを務めるミセス誌には、夫と揃って登場することが一切なかった。2011年に出版した彼女の著作「『甘え上手』な子育て論」でも、夫のことはほとんど触れられていない。「ケミストリーには女性ファンが多く、堂珍が所属するレコード会社が、夫婦でミセス誌に出るのを嫌がった」(音楽関係者)という声もあるが、一部では仮面夫婦のウワサもあった。
「離婚した場合、自身の経歴にキズがつくのはわかっているだけに、一時の感情だけで決断することはないでしょう。ただ、敦子は売れないタレント時代から、上昇志向がとにかく強い女性。今でもカリスマ主婦としてメディアに引っ張りだこで、さらに表舞台での活躍を目指している。妻に専業主婦を求める堂珍と溝が生まれる要因はありました」(ファッション誌編集者)
  離婚は更なるキャリアアップの手段なのかも。
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